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大阪地方裁判所 昭和29年(モ)2173号 判決

申立人(債務者) 太田金株式会社 外二名

被申立人(債権者) 西井俊一

主文

当裁判所が昭和二十四年(ヨ)第八八〇号不動産仮処分申請事件に付同年八月二十三日為した仮処分決定は之を取消す。

申立費用は被申立人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

申立代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その申立の理由として、被申立人は申立人等所有の別紙目録〈省略〉記載の不動産に付賃借権ありと主張し該賃借権に基く占有権の存在を前提として右物件に対する妨害排除請求権保全のため申立人等を相手方として昭和二十四年八月十九日大阪地方裁判所に仮処分の申請を為し、同裁判所は該申請に基き同年同月二十三日同庁昭和二十四年(ヨ)第八八〇号仮処分事件として「別紙目録記載の物件に付被申立人の占有を解いて之を被申立人の委任する執行吏に保管させる。

執行吏は被申立人の申出があつた場合には被申立人が右物件の現状を変更しないことを条件として被申立人が使用しているまゝで保管することができる。申立人等は被申立人の使用を妨害してはならない。」との趣旨の仮処分決定を為したが、被申立人はその後申立人等を被告とし同裁判所に右仮処分事件の本案として賃貸借契約確認等請求の訴を提起し同庁昭和二十四年(ワ)第一七二五号事件として係属したが同裁判所は昭和二十七年三月十三日被申立人の請求を棄却して申立人等勝訴の判決を為し、之に対し被申立人は更に大阪高等裁判所に控訴を申立て同庁昭和二十七年(ネ)第二九七号事件として係属したが同裁判所は昭和二十九年三月四日被申立人の控訴を棄却する旨の判決を為し、該判決は同年四月二十日確定した。されば右仮処分決定は該決定を為したる事情の変更によつて民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十七条に則り取消さるべきものであるから本訴申立に及んだと陳述した。〈立証省略〉

被申立代理人は申立人の申立を却下する。申立費用は申立人等の負担とするとの判決を求め、答弁として申立人等主張事実中被申立人が申立人等所有の別紙目録記載の不動産に付昭和二十四年八月十九日大阪地方裁判所に申立人等を相手方として仮処分の申請を為し該申請に基き同裁判所が同年同月二十三日申立人等主張の如き仮処分決定を為したこと、及び被申立人が右物件に付申立人等を被告として賃貸借契約確認等請求の訴を同裁判所に提起し同裁判所が昭和二十七年三月十三日被申立人の請求を棄却する旨の判決を為し、その後該判決が申立人等主張の経過により確定したことは認めるがその余は否認する。

被申立人申請の右仮処分は占有権に基くものであるから該仮処分の本案訴訟は占有権に基く占有保全の訴でなければならないし、又右仮処分決定は現状維持並びに妨害禁止を内容とするものであるから之が本案訴訟は積極的に給付若しくは作存不作為を求める訴でなければならない。然るに被申立人が提起した前記訴は単に賃借権存在の確認を求める訴に過ぎないから本件仮処分の本案訴訟とは謂えない。従つて本件仮処分に対しては未だ本案訴訟の提起なきことに帰するから右確認の訴に付被申立人敗訴の判決が確定したからとて本件仮処分決定が為された当時の事情に変更を生じたことにはならないと述べた。〈立証省略〉

理由

被申立人が申立人等所有の別紙目録記載の不動産に付昭和二十四年八月十九日申立人等を相手方として大阪地方裁判所に仮処分申請を為し、同裁判所が該申請を容れ同年同月二十三日申立人等主張の如き仮処分決定を為したこと及び被申立人がその後右物件に付申立人等を被告として同裁判所に賃貸借契約確認等請求の訴を提起し、同裁判所が昭和二十七年三月十三日被申立人の請求を棄却する旨の判決を為し、該判決が申立人等主張の経過により昭和二十九年四月二十日確定したことは当事者間に争がない。

被申立人は本件仮処分は占有権に基く妨害排除請求権を保全しようとするものであるから右賃貸借契約確認等請求の訴は本件仮処分の本案でない旨抗争するので先ずこの点に付判断する。成程本件仮処分申請書には被申立人が本件仮処分の本案訴訟として占有保全の訴を提起する予定である旨附記されているが、他面該申請書には被申立人が別紙目録記載の不動産に対し賃借権を有する旨の主張が主として記載されているし、又仮処分申請人は仮処分における請求とその基礎を同じくするものである限り仮処分における請求とは別個の請求原因に基く訴訟と雖も本案訴訟として有効に提起し得るものと解すべきであるから本件仮処分申請書に被申立人が本件仮処分の本案訴訟として占有保全の訴を提起する旨の記載があるからとて本件仮処分の被保全請求権が占有権に基く妨害排除請求権のみであると断定することはできないのであつてむしろ本件仮処分申請書自体からすれば被申立人は本件仮処分の被保全請求権として賃借権に基く妨害排除請求権を主張したと解することも可能なのである。従つて本件仮処分申請に当り被申立人が占有権に基く妨害排除請求権だけを主張したのか、或は賃借権に基く妨害排除請求権だけを主張したのか、それとも右二個の請求権を選択的乃至予備的に主張したのかは本件仮処分申請書自体からは判然しない。又右申請を認容した本件仮処分決定もその点に関する事実及び理由の記載がないのであるから該決定自体からも之を決することは不可能である。然しながら前記の通り仮処分における請求と該仮処分の本案訴訟として提起された訴訟における請求とは必ずしも全然同一である必要はなくその請求原因は異つていてもいやしくも請求の基礎において同一性を失わない限り右訴訟は当該仮処分の本案訴訟たり得るものと解すべきであり、本件において成立に争のない甲第一、二号証と本件仮処分申請書を照合すれば被申立人が本件仮処分申請に当り主張した請求と前記確認の訴において主張した請求とはその基礎を同じくするものであること明かであるから少くともこの点からは右確認の訴は本件仮処分の本案訴訟としての適格ありと謂わなければならない。

次に被申立人は本件仮処分における請求は給付請求であるにも拘らず被申立人提起の前記訴は単なる確認の訴であるから該訴は本件仮処分の本案となり得ない旨主張するが、仮処分における請求が給付請求であつても該請求権の終局的実現のために適切な訴である限り確認訴訟も亦本案たり得るものと解すべきであるところ被申立人が本件仮処分において主張する請求権は申立人等の不作為を内容とする妨害排除請求権に過ぎず被申立人提起の前記確認の訴は右請求権の終局的実現のために適切な訴であると考えられるから右確認の訴は本件仮処分の本案訴訟たるに妨げないものと解せざるを得ない。

そこで右賃貸借契約確認等請求の訴が確定したことにより本件仮処分が為された当時の事情が変更したか否かに付考察しよう。成立に争のない甲第一、二号証によれば、右確認訴訟においては単に賃借権の存否が判断されたのみで占有権の存否については何ら判断されていないこと明であるから被申立人が本件仮処分申請に当り占有権に基く妨害排除請求権を主張したものとすれば右確認訴訟において被申立人敗訴の判決が確定したのみでは未だ本件仮処分の被保全請求権が終局的に否定されたことにはならない。従つて申立人等において被保全請求権が終局的に否定されたことを理由として本件仮処分の取消を求めるには更に占有権に基く妨害排除請求訴訟における被申立人敗訴の判決確定を待たなければならないことになるが、被申立人において未だかゝる訴訟を提起していない本件の如き場合に申立人等は一体如何なる手段を講じ得るであろうか。申立人等としては結局裁判所に起訴命令を申立て被申立人をして占有権に基く妨害排除請求訴訟を提起せしめる外はないのであるが、前記の如く被申立人は既に本件仮処分の本案訴訟としての適格ある確認訴訟を提起しているのであるからこの場合申立人等の起訴命令の申立自体理由がないことになり起訴命令は発せられない場合なきを保し難いことになる。そうすると結局申立人等としては被申立人が自発的に占有権に基く妨害排除請求訴訟を提起するのを何時までも拱手して待つの外はないとの結論に到達することになるが、かゝる結論は申立人等に対し過重の負担を課するもので到底之を是認し難い。若しかゝる結論が是認されるとすれば申立人等は被申立人の恣意により被保全請求権の終局的否定を理由とする本件仮処分の取消を永久に求め得ないことになりひいては仮処分の本質たる暫定性が根本的に否定されることにならざるを得ない。勿論本件の如き場合においても前記確認訴訟の確定後被申立人が更に占有権に基く妨害排除請求訴訟を提起するには或程度の期間の猶予を必要とするであろうけれども本件においては前記確認訴訟の確定後本件取消訴訟の口頭弁論終結に至るまで既に約九ケ月を経過しているにも拘らず被申立人は未だ前記占有権に基く妨害排除請求訴訟を提起していないのであるから最早猶予の余地はない。されば本件においては仮処分における被保全請求権の終局的否定とは別個に仮処分の存続を不当とする事由が発生したものとして民事訴訟法第七百五十六条第七百四十七条により仮処分の取消が許されるものと解するのが相当である。

そうすると申立人等の本件申立は理由があるから之を認容し、申立費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言に付同法第百九十六条を各適用の上主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 日野達蔵 角敬)

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